大木 裕子Oki Yuko
学部長、教授
専門分野
経営学、アートマネジメント
担当科目
芸術・地域ビジネス経営論、音楽地域づくり論 ほか
経歴
東京生まれ、東京藝術大学音楽学部器楽科卒業、東京シティフィルハーモニック管弦楽団などでヴィオラ奏者として活動、その後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて国際経営学専攻修士、博士課程修了、博士(学術)。昭和音楽大学、京都産業大学、東洋大学、共立女子大学を経て現職。ものづくりにおける製品高度化のプロセスや産地と消費地の融合について研究している。著書に『オーケストラの経営学』(2008年、東洋経済新報社)、『クレモナのヴァイオリン工房』(2009年、文眞堂、中小企業研究奨励賞本賞受賞)、『ピアノ-技術革新とマーケティング戦略』(2015年、文眞堂)、『産業クラスターのダイナミズム:技術に感性を埋め込むものづくり』(2017年、文眞堂)などがある。
自分をひとことで言うと?
美と経営をつなぐ研究者
インタビュー
――まず、非常に印象的な経歴ですね。「音楽家から経営学者へ転向した」と伺いました。
そうですね。よく大きく方向転換したように見られるのですが、自分の中ではあまり「別の道に進んだ」という感覚はないんです。むしろ、とても自然な流れでした。もともとは音楽の世界に身を置き、若い頃は純粋に「美しいもの」を追いかけていました。音楽という芸術の中で、人の心を動かすものは何か、なぜある作品は時代を超えて残り続けるのか、そうしたことをずっと考えていたんです。
ただ、次第に気づいたんですね。人を深く感動させる「美しさ」というものは、芸術作品の中だけに存在するわけではない、と。地域文化や職人の仕事、企業のあり方の中にも、人を惹きつける「構造としての美しさ」がある。そう考えるようになってから、自然と関心が経営や地域、産業の研究へ広がっていきました。
――それが経営学へ向かうきっかけになったのでしょうか?
ええ。最初は自分でも意外でした。ただ、音楽の世界にいた頃からずっと不思議に思っていたことがあったんです。一流の演奏家が集まったからといって、必ずしも一流のオーケストラになるわけではない。個々の技術とは別の次元に、組織としての「何か」がある。その「何か」とは何なのかという問いが、気づけば経営や組織への関心につながっていたんです。優れた企業や老舗にも、同じように、個々の力だけでは説明できない「全体としての美しさ」がある。その構造を解き明かしたいという思いが、経営学へ踏み出すきっかけになりました。
――一般的な経営学のイメージとは少し違いますね。
そうかもしれません。経営学というと、効率性や利益、数字の分析といったイメージを持たれることが多いですから。でも私は、経営というのは本来もっと人間的なものだと思っています。もちろん利益は重要です。しかし、それだけでは人は本当に動かない。人を惹きつけたり、長く支持されたり、新しい価値を生み出したりするものの背景には、どこか「美しさ」のようなものがある気がするんです。私は、その「美しさ」を、感性ではなく構造として捉えたいと思っているんです。
――「美しさ」という言葉を非常に大切にされていますね。
はい。私にとって「美しさ」は単なる装飾ではありません。むしろ本質に近いものです。たとえば、美しい音楽には、人の感情を変える力がありますよね。同じように、人が長く愛する製品や、自然と信頼を集める組織には、どこか共通する「美しさ」があるように感じるんです。
それは単なるデザインの話ではありません。考え方や姿勢、時間の積み重ねの中から生まれてくるものです。長く支持される企業や、世代を超えて受け継がれる伝統工芸には、機能性だけでは説明できない魅力がある。私は、その「美」と「経営」が交わるところに、これからの経営を考える上で重要なヒントがあると思っています。
――現在はどのような研究をされているのでしょうか?
現在は、「伝統と革新」をテーマに研究を進めています。具体的には、伝統工芸から現代アート、老舗企業、さらにはスタートアップ企業まで、さまざまな現場を訪ねながらフィールドワークを行っています。非常に興味深いのは、長い歴史を持つ組織と、新しい価値を生み出そうとする組織が、実は共通した問いを抱えていることなんです。
――共通した問い、ですか。
ええ。それは、「何を守り、何を変えるのか」という問いです。たとえば伝統工芸の世界には、何百年も受け継がれてきた技術があります。しかし、ただ過去を守るだけではなく、現代の感性や市場と向き合いながら、新しい表現や価値を生み出していく必要があります。
一方で、スタートアップ企業は革新を重視していますが、長く支持される組織ほど、実は強い理念や哲学を持っています。つまり、革新だけでも成り立たないし、伝統だけでも続いていかない。その両方をどう結びつけるかというところに、持続する経営の本質があるように感じています。
――かなり現場を重視される研究スタイルですね。
そうですね。私は、机の上だけでは分からないことがたくさんあると思っています。実際に工房へ行き、職人さんの話を聞き、アーティストの制作現場を見て、企業の空気に触れる。そうすると、数字やデータだけでは見えてこないものが見えてくるんです。特に「美しさ」というテーマは、抽象的な概念のようでいて、実は現場に非常に具体的に表れています。
たとえば、有田の柿右衛門窯を訪れた際、その空間に流れる「凛とした雰囲気」に深く心を動かされました。掃き清められた工房の静謐さ、職人の方々の無駄のない所作、そして何代にもわたって受け継がれてきた「赤」への矜持。そこには、単なる効率性や利益追求だけでは決して到達できない、一つの「規律ある美しさ」が構造として存在していました。空間のあり方、人との接し方、意思決定のリズム、細部への配慮……そうした一つひとつに、その組織や作り手の思想がにじみ出るんです。こうした『凛とした空気』を持つ組織は、決して過去に安住しているわけではありません。むしろ、その美しさを守るために、目に見えないところで誰よりも激しく変化し続けている。その『変わらないための、絶え間ない変化』こそが、現代の企業が学ぶべきイノベーションの本質だと感じています。
音楽家が楽譜の背後にある作曲家の意図を読み取るように、私はその「凛とした空気」の背後にある経営のあり方や、伝統を維持するための凄まじい革新の積み重ねを読み解きたいと思っているんです。
――音楽家としての経験は、現在の研究にも影響していますか?
非常に大きいですね。音楽というのは、論理と感性の両方を必要とする世界です。技術だけでは人を感動させられませんし、感情だけでも演奏として成立しない。そのバランスが重要なんです。
私は、経営も同じだと思っています。データ分析や合理性はもちろん必要です。しかし最後に人を動かすのは、「この会社は信頼できる」「この理念に共感できる」といった感覚ではないでしょうか。最近は効率性ばかりが強調される時代ですが、本当に長く愛されるものには、必ず美意識があるように感じています。
――先生が考える“美しい組織”とは、どのような組織でしょうか?
難しい質問ですね(笑)。ただ、一番大切なのは、その組織が「何を大切にしているのか」が共有されていることだと思います。多様な考え方を持つ人たちが集まる中でも、働く人が誇りを持てること、自分の仕事に意味を感じられること。そのためには、組織として向かう方向がきちんと見えていることが重要です。
美しい組織というのは、単に見た目が整っていることではありません。そこに関わる人々の営みや価値観が、無理なく調和している状態なのだと思います。
――最後に、これからの研究について教えてください。
これからも、人や地域に深く根づく価値が、社会や経営にどのような可能性をもたらすのかを探究していきたいですね。特に、日本には世界に誇れる伝統や文化があります。地方にも、まだ十分に知られていない素晴らしい技術や価値観が数多く残っています。
それらを単なる「過去の遺産」としてではなく、未来のイノベーションにつながるものとして捉え直したいと思っています。長い時間の中で培われてきた美意識や知恵には、これからの社会を考える上で重要なヒントがあるはずです。だからこそ、これからも現場を歩き続けながら、「美と経営」の可能性を探っていきたいですね。
武雄の印象
派手ではないのに惹かれる町。静かな美が息づく。
武雄は、「派手ではないのに、なぜか惹かれる町」という印象があります。温泉、やきもの、楼門、図書館、山々の風景—どれも強く自己主張しすぎず、日常の中に静かな美しさが溶け込んでいます。
趣味、特技、マイブーム
室内楽でヴィオラを演奏すること。
好きな言葉や信条
研ぎ澄まされたものは、美しい。
愛読書
『動物行動学』コンラート・ローレンツ著
研究者情報